訪問医と訪問看護、共働きでも自宅で看取る選択肢

2019/07/23

日常

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先に書いておきますと、先日母が亡くなりましてねぇ。人の生き死にの湿っぽい話をしますんで、そういうの嫌な人は読まない方が良いと思います。

さすがにブログの更新は優先度が下がってしまってたんでしばらく放置してたワケです。ま、私はブログ更新を軽く1年放置してたりするんで今更って話なんだけども。

今どきはこんな介護・看護スタンスでもやっていけるんだなぁと思えたので、軽くメモしていこうかなと。

母の終末期の状況

母はがんだったんですけど、亡くなる 2 週間前までは弱りつつも 1 人で過ごせたんですよねぇ。
なのでそれまでは訪問医も利用していなかったし訪問看護も土曜だけとか、そういうレベルでしたね。

2 週間前に病院で検査がありまして。
15 時手前ぐらいですかねぇ、病院から私に電話が入ります。

「ちょっとねぇ、お母さんしんどいみたいで今処置室で寝てもらってます。お話したいこともあるので、急ですけど今から来れますか?」

うーん、事態は風雲急を告げますね。
それから病院で手続きをして、自宅に毎日訪問医と訪問看護師を呼ぶという方策になりました。

訪問看護というシステム

そもそも母は病気告知後 1 年以上 1 人で暮らしてて、その間のほとんどの期間で訪問看護システムを利用していたんですよね。
週 2 で来てもらっていたようです。その辺は本人が好きにやっていたので良く分かりませんが。

この訪問看護はすごく良い仕組みで、保険も適用されるし、歩行に支障が出始めるとゴミの収集代行とかもしてくれるようになります。
買い物の代行とかもできるし、自立歩行困難になるとベッドでシャンプーしてくれたりします。

最近はこういった訪問看護のサービスが充実していて、本人が要望すればもっと高い頻度で入ってもらうこともできます。進歩してますねぇ、社会システムは。
これで多少なりとも「介護疲れで自殺」みたいなことが減っているならいいなと思いました。

訪問医というシステム

医療界では、その病気の「主治医」という設定があるらしいですね。
で、突然主治医以外の医者に診てくれって言ってもダメだよってことになってるらしいです。

そういう意味で、この訪問医サービスを申し込むときには注意が必要です。
「主治医」がこの訪問医サービスになります。つまり今かかってる医者は診てくれなくなります。必ず訪問医サービスに連絡して、そこ経由で「紹介」の形で診てもらうことになるようです。

まぁそんなことをサービス申し込むときにがんセンターの人に言われました。私の理解が間違っていて、事実と違うことを書いてる可能性もありますけども。

で、この訪問医ってのも訪問看護と同様にどういう頻度で入ってもらうかを要望することができます。

入院か、自宅+訪問医+訪問看護か

どっちがいいの、って話は正解がありません。本人がどっち安心するかってのが正解だと思います。
ここで話したいのは、この 2 つが「どっちにしようか」って考える程度の存在になりつつあるということです。
つまり、いままでの常識としては「自宅での療養」なんて家族の負担が高すぎる、介護鬱になっちゃう、なんて感じだったと思います。

ですが、ウチは最後まで共働きのまま、 1 歳児を抱えたままで母と過ごすことができました。
一応言っておきますが、うちの奥さんは大変できた人なので、検査の結果が悪くて歩くのもしんどいと母が言っていた時に
「それならウチに泊まっていくべきです。そうしてください。何日か居てください」
と強く長逗留を勧めてくれたりしてました。
いざ、入院か自宅療養かを選択するシーンでも母の意思を優先して、それに従うだけだと言ってくれたりもしました。

まぁそういう理解ある奥さんがいるってことが大前提としてあります。そうじゃないなら入院した方がいいでしょうね。
訪問医の医者も「随分ご理解のある奥さんですね」なんて褒めてました。

家族の理解が得られ、かつ本人が入院よりも自宅を希望した場合、訪問医+訪問看護という組み合わせは家族の負担を極端に減らしてくれ、かつ看護のレベルを入院患者と同等程度に保てる素晴らしいシステムだと、まぁそういう事が言いたいワケです。

うちの場合、ちょっと状態が悪かったというのもありますが毎日入ってくれてました。
共働きなので朝何時から夜何時まで不在なのかヒアリングしてくれ、医者 1 回、看護師 2 回が 4 時間おきに訪問するように設定してくれました。入院していても看護師の巡回はその程度の頻度なので、大きく劣った環境にはなりませんよとの家族をフォローする言葉。

看護のために看護ベッドのレンタルをした方がよかったり、肺が弱ってきたら酸素吸入の機械をレンタルしたり、必要な機材はどんどんレンタルで借りられます。もちろんお金は取られますけど、かなり安いです。
家の鍵をキーボックスに入れて、暗証番号を医者や看護師にシェアして入れ替わり立ち代わり家に入ってもらうという感じになります。
シャンプーするなら家のシャンプー使うし、洗面器やらお湯やらも使います。薬の保管に冷蔵庫も開けます。
その辺はどうぞどうぞご自由に、という感じでしたが、それがどうしてもイヤならば入院してもらうしかないでしょうね。

結果、訪問医+訪問看護を頼んでよかった

当時もいろいろと高頻度で看てもらって有難いなぁと思っていましたが、後から振り返ってみてもやっぱり良かったなぁと思えます。
母が入院したくないと言っていたので、入院させることなく終われたのは悔いが少なくなりますね。
毎日夜おしゃべりして、朝は孫とあいさつ。母はしゃべるの好きだったので、毎夜しゃべっては楽しそうにしてました。おかげで残された側は本当に気が楽になりますよ。自分の記憶で、自分はいいことしたなと自分勝手に慰めるというか。まぁ自分勝手な話なんですけど、そういうのも大事だと私は思いますよ。ダメージ軽減できるのはいい事です。

自宅で看取る、なんて大げさな言葉に聞こえますが、ぶっちゃけ私はほとんど何もしてないわけです。
ちょっとお茶運んであげたとか、ご飯運んであげたとか、歩くときにちょっと抱えてあげたとか、その程度。あとは全部訪問医、訪問看護にお任せ。
でも、そんなんでいい時代なんだと。
家族が頑張らなくても自宅で終末期を過ごしてもらうことはできるんだと。

ま、私の実体験としてはそう感じましたね。
もし似たような立場になったときは、頑張りすぎずにいろいろなシステム使ってみてはどうですかね、っていう話でした。

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