【★3】映画「アメリカン・スナイパー」はイラク戦争の無意味さを味わえる佳作【感想】

2020/04/14

★3 映画ドラマ批評

アメリカン・スナイパー (2014 年・アメリカ)
2 時間 14 分

ほし ★★★☆☆(3/5)
寸評 簡単に言えば、反イラク戦争を思想のベースにした戦争映画。イラク戦争の精神的なキツさを描く。
戦闘シーンはとてもリアリティを感じて、ドキドキが止まらない。すごく引き込まれる映像美。
全体的なストーリーは、まぁ平凡。映像美がメインディッシュであって、ストーリーはそれを邪魔しないよう添えられる程度。
プラス評価
  • リアルな戦闘シーン、映像美
  • ダーティで胸をつぶされるようなイラク戦争の描写
マイナス評価
  • 少しキャラクター設定を単純化しすぎ
  • 構成が間延びして退屈な区間がある

主人公の訓練シーンはほぼ退屈で、そこをうまく削れば 2 時間以内に収まった気がする。
あと子供時代のエピソードも、まぁほぼほぼ退屈。単純なキャラクター設定なのに説明に時間をかけすぎだと思う。
本編に入る前にだいぶくたびれた。本編に入ってからは素晴らしいテンポとのめり込むストーリーだっただけに、ちょっと残念なポイントだったかなぁ。

あらすじ

主人公は典型的なヒーロー志向アメリカ人

クリント・イーストウッド監督だからかなぁとは思うけれど、舞台設定やらキャラクター設定やらはかなりシンプルに分かりやすく作られているような印象。
主人公は、もうそれはそれは典型的なアメリカン・マッチョイズム思想の持ち主。
子供の頃からキャプテン・アメリカみたいな教育をされ、過剰な正義感を持ち、ヒーロー願望が非常に強い。

力の弱い弟が暴力によるイジメを受けると、力の強い兄が暴力による仕返しをする。そうやって暴力による力の均衡を作って、かりそめの「平和」を作る。
それが主人公にとっての「正義」だし「ヒーロー像」なんだよね。

まぁつまり典型的なアメリカン・マッチョってことね。繰り返しになるけれども。

イラク戦争の異常性

そんなヒーロー願望満載の主人公は、イラク戦争に志願兵として従軍するんだよね。
映画みてりゃ「まぁそりゃ行くよね」って思ってしまうほど、単純明快な性格をしている主人公は自然に戦争に駆り立てられていくんだけども。

彼の求める「勧善懲悪」は、イラク戦争の戦場には存在しなかった。
イラク軍の兵士とアメリカ軍の兵士が正々堂々と撃ち合う事はほとんど無く、大半は便衣兵相手に「これはただの市民か? ゲリラか?」と銃口を向けて見定めるばかり。
ゲリラは市民のフリをしているが、爆弾を隠し持って歩いて米軍に近づき爆破を仕掛けてくるワケ。
ゲリラを見落とせば、味方に多量の死傷者が出る。かといって無辜の市民をバシバシ撃つわけにもいかない。

しかも、イラク戦争がとびきりダーティなのは子供に爆弾のキャリアーをさせること。子供が爆弾を持っていたら、その子供を撃たざるを得ないじゃん。
でも子供を撃つって、相当精神ぶっ壊さないとできない芸当だと思うんだよ。この主人公自体が父親でもあるから、なおさらね。

あるシーンでさ、主人公がスナイパー・スコープごしに子供を狙ってるんだけど、その子供の足元には RPG が落ちてるの。
その子供が RPG を拾って担いだら、もうその子供を撃つしかないじゃん。放って置いたら味方が死ぬから。
主人公はスコープごしに監視しながら
「やめろ、拾うな。逃げろ」
ってブツブツ言うわけ。撃ちたくないよね、基本的には。あったりまえの話。
映画観ているこっちだって撃ってほしくなくて「拾うな、逃げろ」って心の中で思ってんだからさ。通常の精神してりゃ、そういう風に思うもんでしょう。

だけど、いざとなったら子供を撃たなければならない。

そういう戦場だったんだよね、イラク戦争ってのは。
やがてそのダーティさが少しずつ主人公の精神を蝕んで行くんだけれども、それはだいぶ先の話。

4 度の従軍がもたらすモノ

主人公は狙撃の腕がすこぶる良く、いつしか米軍きってのスナイパーとして認められるんだけども。
まぁ米軍のルールは良く知らないんだけど、志願兵はしばらく従軍するとお家に帰されるらしいんだよね。で、もう一度志願しない限り従軍しなくていいらしい。

だけど主人公はほら、アメリカン・マッチョだから。
我々には分からない、過剰な正義感を持ってるもんだから。
嫁さんから「もう行かないでね」って言われたのに「俺を必要としている人を残してきた」とか何とか言い出して、何度も従軍を繰り返すんだよ。
それも 4 回もだよ。イカれてるでしょ。

元々性格がマトモじゃないのに、そこに戦場での PTSD が重なってもう判断が異常なんだよね。
なんか、観ている方も「なんでだよ」っていう理解できない気持ちと「そうなっちゃうかぁ……」っていう同情的な気持ちが半々。
まぁコッチは PTSD になったことないからさ。依存症かのように何度も戦場に駆り立てられる気持ちが分からんから。同じ視点を持ち合わせていないから、なかなか同情しづらいんだよね。

でも、結局 4 回の従軍で完全に PTSD になってしまって、着いていないテレビから幻聴が聞こえたりなんだりしちゃうんだよ。
もう完全にブッ壊れ。

PTSD克服の先

4 回目の従軍から帰ってきて、ついにアメリカン・マッチョの主人公も家族を大事にすることを決意。
だけど PTSD を克服するのは家族だけじゃ難しくって、退役軍人会とかのグループセラピーにずいぶん助けてもらって克服することになったんだよね。

主人公は感謝の気持ちから「今度は自分が人を助ける側に回りたい」と思うようになったんだよね。
結局、最後まで主人公のヒーロー願望は変わらないんだなぁ。
そんなヒーロー願望を抱えて、その願望のせいで主人公は死ぬことになるの。PTSD の元兵士を助けるため面会して、その場で射殺されることになっちゃうと。

この映画のテーマ

この映画のテーマは「イラク戦争反対」なんだろうなぁと思うんだよね。
監督のクリント・イーストウッドの考え方がそのまま表れているんだろう。
「保守派だけど、イラク戦争には反対だ」っていう、なんか独特の感じ。兵士はアメリカン・マッチョだし、基本的に称えまくるけども、イラク戦争自体がダーティで無意味な戦争だ、っていう視点。

第二次世界大戦やベトナム戦争をテーマにした「戦争反対」という映画とは、またちょっと違うように感じるんだよねぇ。
第二次世界大戦は、そもそも戦勝国側から「悲惨だった」とか「戦争反対」というテーマの映画はなかなか無いし。
ベトナム戦争は、主に米軍兵士がジャングルのゲリラ戦に引っ張り込まれた泥沼の悲惨さを描くモノが多いし。

でもこの映画で描く戦争の悲惨さは、それらとはまた違うんだよなぁ。

イラク戦争の描き方

イラク戦争は、とにかくダーティで精神的にクる事が多い。
その数々のダーティな事柄から生み出される「死」が描かれるんだけども、その数々の「死」が「無意味すぎる死」という事がとにかく悲惨。

まず冒頭の、子供を撃つシーンからして気が滅入る。
観ている俺からすれば
「撃て、早く」
と思う気持ちと、
「(映画なんだから)殺す以外の解決策があるかも?」
という気持ちとが交錯するんだよ。
なんだか兵士の感情の追体験のような、そんな気持ち。

そんな中、主人公は撃って子供を殺す。撃たなきゃ、仲間がもっと死ぬから。
子供を殺す理由はそれだけで十分。
けれど、この子供自身が死ぬ理由はなに? 本当に意義のある、意味のある死なのか?

子供は米兵を殺す意義を何だと思っているのか?
親に言われて、真に理解してやっているのか?
じゃ、我が子を死地に送り出す親はどう思っているのか?
その親に「子を死地に送れ」と指示する側の精神のダーティさはどこから来るのか?

映画全編を通して、ダーティさと、意味希薄な死が連綿と続いていて、なんだか鬱屈した思いを感じる。

もっとも強くそれを感じるのはエンディング

最後、主人公は PTSD の元兵士に射殺される。
映画では、それはたった数行の説明文が表示されるだけ。そのままスタッフロールへ。

華やかだった戦歴・戦績の描き方とは対比的に、実にサラッと終わらせている。
確かにね、イラク戦争にからむ話でもないし、華やかさとの対比をよりクッキリとさせているんだろうね。

それがあんまりにも克明な対比で、観ている私は人生の無常を感じたよ。
儚い。あれほどの戦闘をくぐり抜けてきた男ですら、あっさりと死ぬんだな、と。

彼の死は、意味のある死だっただろうか?
PTSD の元兵士を救おうとする行為は、決して無意味な事ではなかっただろうね。けれど命と引き換えにするような事でもなかった。
そこに無情を感じたワケ。

でもそこで、主人公だけが無為に死んだわけではないと強烈にフラッシュバックしてくるんだよね。

米軍に情報を流した家族の死は?
IED を抱えて歩いてきて撃たれた子供の死は?
全部意味が無かったんでは?
イラク戦争はダーティすぎて、意味のない死が多すぎたんじゃなかろうか?

あっさりと主人公の死を伝えられることで、しかしゆっくりと、イラク戦争そのものの無意味さを噛みしめることができるんじゃないかなと、まぁ僕はそう感じたワケです、ハイ。


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